小さな花火大会
ふいに聴こえる花火の音は、金木犀の香りと似ている。そわそわさせながら、どこにあるのかわからない。
昔友人に勧められて読んだサン=テグジュペリの童話『星の王子さま』のなかに、砂漠が美しいのはどこかに井戸を隠しているから、という台詞があったが、花火の音も、金木犀の香りも、夜にふっと訪れて、でもどこにあるのかわからない、というほうが美しいような気もする。でも、ついついそのありかを探してみたくなるというのも人の性だ。闇の向こうから花火の音がすると、僕は物音に驚く野良猫のように思わず辺りを見回す。しかし一向に見つからず、そのうちしんと静まり返り、花火はただ余韻だけを残し、消え去ってしまうのだった。
その夜も、僕が部屋で一人横になっていると、どこか遠くのほうから、ややくぐもったような、パン、パン、という音が聴こえてきた。僕はとっさに窓のほうに近づいた。耳を澄ますと、ようやく聴こえるという程度の囁き声のような花火の音がする。夏だからどこかしらで花火が上がっていてもおかしくないし、そわそわすると言っても、いつもならその辺りを少し見回して見つからなければ諦めていたと思う。でも、そのときは不思議と衝動に駆られ、僕は部屋を出ると、そのまま自転車に乗って花火の場所を探しに出かけた。
夜風を浴びながら、遠くから運ばれてくる花火の音に引き寄せられるように、僕は自転車を走らせた。花火の音は、なぜこんなにも引き寄せる魔力を持っているのだろう。
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ふと、隅田川沿いに住んでいた大学生の頃、バイト先の友人とたまたま花火を見たときのことを思い出した。バイト終わりに彼と軽く喋っていたら、川の流れている方角の少し離れた夜空に花火が上がっているのが見えた。その日は隅田川の花火大会だったが、その辺りはそれほど近いわけでもなかったから、特に街が花火大会の雰囲気ということもなく、いつも通りの夜だった。遠くに見える花火を見ながら、彼は悲哀と冗談の混じったような調子で、「いいな、あの花火の下でみんないちゃいちゃしてるんだろうなぁ」とこぼした。
ビルの向こうに寂しげな花火が一つまた一つと上がる。大勢の人が夜空を見上げている様子や光に映える水面が脳裏に浮かぶ。「そうだ」と彼は名案でも思いついたように言った。「ナンパでも行きましょうよ」
彼の口から出たその言葉は、ほんの少し背伸びをしているような響きを帯びていた。君だってそんな柄でもないでしょうよ、と思いながら、「いやだよ、人混み苦手だし」と僕が言うと、彼は「うああああああ」とうめき声のような声を上げ、ポケットから取り出した煙草を口にくわえた。
花火の音にそわそわしていてもたってもいられなくなるのは、その花火の向こうに、まばゆく照らされた人々の物語を想像するからかもしれないなと思う。
あのとき彼と他にどんな話をしたのだったか。ビルの奥に見える花火と、大げさにうなだれる彼の姿以外に覚えていない。
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自転車に乗ったまま、僕はショッピングモールの隣を抜け、長い道路に出ると、その道を五分ほど走った。見晴らしのいい場所に着き、広い夜空のずっと遠くのほうに、ぼんやりとした灯りとともに打ち上がる小さな花火を見つけた。こぢんまりとした花火が上がり、まるで幼い兄弟のように少し遅れて可愛い音が追いかけてくる。自転車を置いてゆっくり見られる場所がないか探したら、舗装されていない脇道に、すでに十人ほどの人が集まっていた。
自転車を置き、親子や若いカップルらしき人影の見える空間の片隅に僕もそっと入ると、遠方の空をしばらく眺めていた。花火が見えても、歓声は上がらない。音のほとんどしない拍手や、「きれいだね」と囁き合うような声が聞こえてくるだけだった。でも、そこには寂しさはなかった。花火はこのくらいの距離でいいよね、という人たちだけの空間がかもしだす温かさに包まれながら、僕はそのささやかな花火にしばしのあいだ見惚れていた。